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庭Cafeトーク vol.10「日本人と椿の文化」を開催しました。

こんにちは、肥後細川庭園です。

二十四節気の雨水を過ぎ、本園の椿もあざやかに花開く2月20日、第10回庭カフェトークを開催いたしました。

 

今回は「日本人と椿の文化」をテーマに、大島椿株式会社の専務取締役で、日本ツバキ協会理事でもいらっしゃる木全典子さんに、私たちの暮らしや文化の中に椿がどのように息づいてきたのかお話しいただきました。

誰もが知っている椿ですが、日本固有の原種としては、全国でもっともよく見かけるヤブツバキ、雪の多い地方にみられるユキツバキ、暖かい地方に分布するサザンカ、沖縄本島のみに生育するヒメサザンカの4種だそうです。

北海道以外のあらゆる地域で身近な存在だったためか、縄文時代の貝塚からはツバキ材で作られた櫛が見つかったほか、万葉集では紫染めの媒染としての椿灰が詠われ、さらに平安時代初期に編纂された勅撰史書「続日本紀」には椿油の記録も見つかっており、日本人が本当に古くから椿を活用してきたことがわかります。

一方、鎌倉・室町時代になると、活用するだけでなく、椿を愛でる文化も生まれてきます。主な庭木として作庭書に椿の記載がなされるとともに、花の少ない冬に茶室を彩る茶花として重宝されるようになると、園芸品種として椿を育て、楽しむ文化が急速に広がっていったのです。その流行の最高潮が江戸時代だそうで、100種類以上の椿が描かれた狩野山楽の『百椿図』や、488図にものぼる徳川家光編さんの『椿華帖』など、椿に関する書物、図譜、巻物が競うように生み出されたのでした。

 

その後も、華道や茶道だけでなく、様々な美術・工芸作品のモチーフとしても椿は人々の心をとらえてきました。また、それだけでなく、椿油をはじめとして木材や灰、炭、葉に至るまで、今でも幅広く使われ続けています。

 

本庭園のある関口・目白台地域は、以前、椿山と呼ばれていました。今回のお話を伺い、たくさんの椿が自生していたこの一帯が、当時の人々にとって、とても魅力的な地域であったのだと実感しました。

当日は、椿油を実際に使いながら、全身をお手入れする方法もレクチャーいただきました。遣唐使の時代、朝貢品にも加えられたほどの椿油の効果を実感しました。

 

ご参加いただきました皆さま、ありがとうございました。

 

この講座では毎回、お抹茶と季節のお菓子をお楽しみいただいています。

今回は、講座のテーマでもある「椿」でした。

今年度の庭カフェトークは、今回で終了となります。

また、春より再開いたしますので、どうぞお楽しみに!

 

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