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肥後花菖蒲ガイドツアーを開催しました

こんにちは、肥後細川庭園です。

 

昨日6月4日に、花とみどりの学校「肥後花菖蒲ガイドツアー」を開催しました。

講師は、緑花文化士の鈴木 泰先生です。

昨年大好評につき、今年もご登場いただきました。

(昨年の様子はコチラ

 

鈴木先生は、植物に関する知識はもちろん、それにまつわる歴史や文化に精通していらっしゃいます。

そしてトークが軽快で面白い!

参加者の皆さんからはしばしば笑いが起こっていました。

 

他の花や植物、当庭園のビューポイントや成り立ちについても、解説していただきました。

ご家庭のお庭のたとえなども交えて解説してくださるので、とてもわかりやすい!

参加者の皆さんもすっかりリラックスして、質問がいくつも飛び出しました。

鈴木先生は、素朴な疑問から専門的な質問まで、気さくに答えてくださいました。

 

 

池のほとりの菖蒲田で、鑑賞ポイントのお話。

花弁の枚数や色の濃淡、花の大きさなどが一つ一つ異なります。

 

 

庭園の花菖蒲は花が大きく、すらりと伸びています。

肥後花菖蒲は武士のたしなみの一つとして、栽培されてきました。

江戸時代の旗本・松平定朝が、時の熊本藩主・細川斉護公の頼みを受けて、江戸で栽培していた花菖蒲を譲ったのが、肥後花菖蒲の始まりと言われています。

定朝は、「菖翁(しょうおう)」と名乗ったほど、花菖蒲に精通していました。

彼の花菖蒲に魅せられた斉護公は、藩士の一人を菖翁に弟子入りさせ、「良い花ができたら江戸へ送る」という条件付きで、やっと5品種の苗を分けてもらったのです。

そうした由来から、肥後花菖蒲は野外ではなく、座敷に座って鑑賞するため、横から見て美しいように、品種改良されてきたそうです。

 

鈴木先生は、そうした花の歴史や、社会的な背景についても、一つ一つ丁寧に解説してくださいました。

 

 

後半は、松聲閣内でレクチャーです。

 

主に江戸時代の園芸と文化についてのお話しでした。

江戸時代の日本では、世界に先駆けて、身分に関係なく誰もが楽しめるオープンガーデン(向島百花園)が開設されるほど、園芸文化が発達していた国だったそうです。

なにしろ、世界を股に駆けて高山や密林の奥へ希少な植物を求めて冒険してきたプラントハンターが、開国した日本にやってきたら、花屋の店先であらゆる品種の植物を手に入れられるほど。

参勤交代もあって、全国の花が江戸へ、江戸から全国へと流通していたそうです。

 

それでも明治維新期には、大名の屋敷が次々になくなり、庭園にあった八重桜などが絶滅の危機に瀕した時代もあったとか。

先人たちの情熱と苦労を、今の私たちがしっかりと引き継いで、後世に伝えていかなくてはならないと感じます。

 

大変よいお天気に恵まれ、絶好の日和となりました(少々暑かったですが…)

 

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!

 

 

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